01頁:エノコログサ様とお風呂に


 私ことスイレンは、フラワーガーデンの平和を守るために害虫たちと戦う少女、花騎士(フラワーナイト)の一人。
 本来はバナナオーシャンの王宮に仕えるメイドなのですが、今はある騎士団でお世話になっています。
 そんな私の日常を、『日記』という名目で、気が向いた順につづってみることにしました。
 これは『騎士』という輝かしい称号を与えられた少女たちが背負うことになる、苛烈で熾烈、残酷で過酷な物語。
 私たち花騎士たちの……戦いの、記録です。


 ずるずる、ずるずる。
 とある騎士団の花騎士たちが利用している寮の廊下を、私は1人の少女とともに歩いていきます。
 見た目もしぐさもどこか猫っぽい、しなやかな身体をシンプルなワンピースに包んだ、私と同じく花騎士の少女――エノコログサ様です。
「いーやーにゃー! はーなーせーにゃー!」
 なお最初の効果音で勘付いた方もいらっしゃるかもしれませんが……厳密にはエノコログサ様は、私に引きずられています。
「エノコログサ様、あまり騒がないでください」
 さっきから廊下に響き続けている、駄々をこねる声もそろそろ無視しきれなくなった私は、そうエノコログサ様に声を掛けました。
 一応、まだ日が沈み始めて間もない時刻。
 今日の出撃・帰還予定を考えるなら、この時間に多少騒がしくしても文句を言う方はいらっしゃらないはずなのですが。
「だったらその手を放すにゃ、スイレン! 私は絶対、今日はお風呂には入らないのにゃ!!」
 私に引きずられたままじたばたと手足を動かして、エノコログサ様は駄々をこね続けます。
 しかし、私はきっぱりと「ダメです。ブラックバッカラ様からも頼まれているんですから」と告げました。
 そう、それは大体5分くらい前の出来事です。



「スイレン、ちょっといいか?」
 部屋のノックとほぼ同時に聞こえてきたのはちょっとハスキー、でもどこかお茶目っ気のある声。
「なんでございましょう、ブラックバッカラ様?」
 聞き覚えのある声の主の名を呼びながら、私は扉を開けました。
 扉の向こうには、声から導き出した記憶通りの方、ブラックバッカラ様……と。
「……こいつなんだがよ」
「うにゃー……」
 その手に首根っこを捕まれている、エノコログサ様でした。
「ごきげんよう。どうなさったのです?」
 いまいち状況が飲み込めないので、私はとりあえず笑顔で挨拶をします。
「実はな、ちょっと頼みたいんだが……コイツを風呂にいれてやってくれねえか」
 ブラックバッカラ様は、どこか困った顔でエノコログサ様を見ながら言います。
「それはかまわないのですが……ブラックバッカラ様、確かエノコログサ様には懐かれていたはずでは? 私より、ブラックバッカラ様が一緒に入ってあげた方がエノコログサ様も喜ぶと思うのですが」
 記憶を頼りにそう訊ねると、エノコログサ様はぴく、っとどこか怯えるような反応をして。
 そしてブラックバッカラ様はちょっと疲れたような顔をして言いました。
「それがよコイツ、アタシに身体洗われるのイタイ、って言うんだよ……」
 ……なんとなく、納得しました。ブラックバッカラ様、大雑把そうですし。
 ――それにしても。
 一糸纏わぬ姿で『いたい、痛いにゃあッ……』ってうめくエノコログサ様……想像するとちょっとそそる気がします。
 いや、それは置いといて。
「わかりました、お任せください」
 私は了承の意を告げながら、差し出されたエノコログサ様を受け取って。
「すまねえな、この恩はいずれ返すぜ」
 その言葉を背に受けながら、大浴場へと向かうのでした。


「はーなーせー! 今日はお風呂に入りたくない気分なのにゃー!」
 じたばた暴れるエノコログサ様を引きずりながら、歩くこと5分。
 騎士団寮備え付けの大浴場に到着しました。
 最大20人くらいまで悠々と入れる広さと設備を持ったこの大浴場は、この騎士団の自慢だとかなんとか。
 もちろん、遠征から帰ってきて待つことなくすぐ入浴できると、花騎士たちからは好評です。
「とか言っている間に、目的地に到着しましたよ? そろそろ観念してください。あんまりぐずっていると、ブラックバッカラ様に嫌われちゃいますよ?」
「むー………」
 ブラックバッカラ様の名前を出されては弱いようで、エノコログサ様はしぶしぶといった感じで、大浴場の脱衣所へと足を運んでくれます。
 私はさりげなく逃げられないように出口側に陣取ってから、自らの服に手を掛けます。
 そして手早く、しかし静かに生まれたままの姿へ。
 先に脱いで見せておけば、エノコログサ様もそうしやすいだろうというメイドの気遣い、というやつです。
「………………」
 なおそのエノコログサ様は、脱衣カゴを前にして、何かを考えているかのようにじーっとしています。
「……エノコログサ様?」
 不思議に思って、声を掛けたその瞬間。
「隙アリにゃー!」
 一瞬姿勢を低くして、私の横をすり抜け……
「――ありませんよ、隙なんて」
「にゃッ?!」
 すり抜けようとしましたが、その場で足を止めました。
 理由は簡単。私の手には、その一瞬の内に剥ぎ取っておいた、彼女のワンピースが握られていたからです。
「さて、どうなさいます?」
 私は剥ぎ取ったワンピースを手早く畳んで近くの脱衣かごに仕舞いながら、笑顔で言い放ちます。
 そして空になった両手をエノコログサ様目掛けて伸ばしながら、じりじりとにじみ寄っていきました。
 ちなみに今、エノコログサ様は小さなリボンがアクセントのシンプルなショーツだけを身に纏ったお姿です。ブラ、つけてませんでした。
「わ、わかったにゃ! 下は自分で脱ぐから、その手を下ろすにゃー!」
 ちょっと泣きそうな顔でそう言いながら、エノコログサ様もすぐに一糸纏わぬ姿に変わりました。
 思わず、エノコログサ様の裸体を観察したくなります。
 猫のように動き回っていると身体つきもそうなってくるのか、どこかしなやかさを感じさせるボディライン。
 私よりはちょっと小さいですが、充分にその存在感を主張している、張りのある胸。
 猫っぽい性格も相まってそう感じさせるのでしょうか、思わず抱きしめたくなるような可愛らしさです。
 アルストロメリア様が定期的にもふもふしたがるのがちょっと理解できたような気がしました。
「さて、参りましょうか」
 余計な思考を打ち消すよう言の葉を紡ぎながら、私は大浴場の扉を開けてエノコログサ様を中へと誘います。
「うぅ~~~…………もうさっさと入って、さっさとあがるにゃー!」
 エノコログサ様はそんな言葉と同時に、浴場の中心にある大きな浴槽に向かって走り出します。
「お待ちくださいエノコログサ様。湯船に浸かる前に、まず身体を洗うのがマナーというものです」
 そんなエノコログサ様の首根っこをつかんで制止。そのまま洗い場へと連れて行きます。
「ほら、そこに座ってください。洗ってあげますから」
 そして風呂椅子とシャンプー、石鹸を用意しながら、エノコログサ様にそう告げました。
「にゃー……」
 私に促されるまま、エノコログサ様はちょっと不満そうに風呂椅子に腰掛けます。
 むっちりしたお尻がたぷん、っと風呂椅子に広がりました。
「では、まずは掛け湯から」
「にゃ」
 一度お湯を手に当てて温度を確かめてから、シャワーを頭から掛けていきます。
 濡れた髪が身体に張り付いて起伏のあるボディラインが強調され、なかなか色っぽい光景になりました。ちょっと悪戯したくなるほどに。
「エノコログサ様、綺麗なお肌ですね~」
 というわけで、つつー、と背中に指を這わせてみました。
「ひゃあ! や、やめてにゃ?!」
 びくん、といった感じで大きく反応してから抗議されました。
 というか捉えきれないほどの速度で逃げられてしまったので、なんとかなだめて洗うのを再開します。
 手でシャンプーを泡立てながら、エノコログサ様に声を掛けました。
「失礼しました。では、頭から洗わせていただきます。少し、目を閉じていてくださいね」
「わかったにゃ」
 素直な返事を聞いてから、私は丁寧にエノコログサ様の髪を洗っていきます。
「にゃふ……にゃふ……」
 ……しばし無言で髪を洗い続けて生きます。
 あ、ちょっと手が滑って耳をもどかしく撫でるような感じに……
「?! や、耳は弱いのにゃ! あんまりいじらないでほしいにゃ……」
 なってしまった瞬間、びくん、という反応と共にその言葉。
「なるほど、それは良いことを聞きました♪」
「やぶ蛇だったにゃ?!」
 ……そんな、楽しいやり取りをしながら。


「さてと。一度流しますね」
 頭は一通り洗い終わったので、私はシャワーで泡を洗い流していきます。
「に"ゃ"ー…………」
 ……すっごく嫌そう。
 というわけで、少々荒っぽくなってしまうのは承知の上で、空いたほうの手で速やかに泡を落としにかかります。
「はい、終わりましたよ」
「う"ぅ"~……今日は水が苦手な気分にゃー」
 そんなうめき声を上げながら、エノコログサ様はうずくまるように座ったまま上半身を前に倒していきます。
「もうちょっとだけ頑張ってください、あとちょっとですから」
 言いながら、私はエノコログサ様を後ろから抱きかかえて、上半身を起こします。
 ある程度の位置まで起き上がったのを確認してから、石鹸を手で泡立てて。
「それでは、失礼しますね」
 その泡立った両手を背中に当てて、次はエノコログサ様の身体を洗い始めました。
「ん……ふにゃっ! て、手ぬぐいとか使わずに、直接手でやるの?」
 手で直接、というのが意外だったのか、慌てた様子で訊ねられました。
「はい。ブラックバッカラ様が『痛がっていた』と仰っていたので、そちらの方がよろしいかと」
 すべすべとしていて触り心地のいいエノコログサ様の肌を堪能しながら、私はそう言い切ります。
「わ、わかったにゃ……お願いするにゃ」
 いまいち納得がいってない感じの声。
 さっき背中につつーってやった件で警戒されているのかもしれません。
「大丈夫です、優しくしますから」
「それ、余計不安になる!?」
 …………難しいものですね。
 というわけで、再び静かに背中を洗ってあげるのに集中します。
「スイレン、なんか手つきがやらしーにゃ」
「そんなことありませんよ、女の子同士なんですから」
 エノコログサ様の台詞と一緒に、シャワーで背中を流しました。
「ふぅ……」
 安堵した、という感じのひと息。
 この様子なら、このまま大人しく洗われてくれそう。
「じゃあ次は前に行きますね♪」
「ま、前はいいにゃ!!」
 大人しく洗われてくれませんでした。ちょっとパニックになるエノコログサ様。
「駄目です、ちゃんと洗っておかないと。変なことなんて、しませんから♪」
 言いながら、私はエノコログサ様に安心してもらえるよう、後ろから抱きつくような体勢で身体に触れていきます。
 ふにゅふにゅ。
「言いながらいきなり胸を触らないでにゃーー!」
 そんなエノコログサ様の声は聴こえないフリをしながら。
「油断してはなりませんよ、エノコログサ様。胸の谷間のところとか、胸と肋骨のあいだとか。しっかり洗っておかないと、汗疹とかになりやすいんですから」
 ふにゅふにゅとした感触を楽しみながら、エノコログサ様のお胸を洗っていきます。女の子同士ですから、下心なんてあるはずないのです、もちろん。
「~~~~~!!!」
 声にならない声を上げるエノコログサ様のお身体を、そのまま素手で隅々まで洗っていくのでした。



 ……そんな調子で足の先まで洗い終わる頃には、なぜかエノコログサ様はぐったりしていました。不思議ですね。
 とにかく、ひと通り洗い終わったので「もうお嫁にいけないにゃ……」と力無く呟くエノコログサ様を浴槽まで持っていきます。
 身体に力が入らないようなので、再び首根っこを掴んで。
 そして浴槽近くで赤ちゃんを抱っこするように、エノコログサ様を優しく抱きかかえてから。
「しっかりと肩まで浸かってくださいね」
 シャンプーと石鹸の匂いがするエノコログサ様を抱きしめたまま、お湯の中へと浸かっていきます。
 女の子一人を洗うのは、さすがの私でもちょっと重労働なので。
 体温よりやや高めのお湯が、身体に染み渡っていきました。
「…………ふぅ。気持ちいいですね。やはり、お風呂はいいものです」
 語り掛けとも、独り言とも取れる言葉。
 エノコログサ様にまだお喋りする気力があるなら乗ってくれればいいし、そんな元気も無いなら、聞き流してくれていい。
 そんな想いを込めて紡ぐ言葉もまた、メイドならではの気遣いです。
「………………にゃ」
「……いかがなさいました、エノコログサ様?」
 のぼせてしまったのか、エノコログサ様はちょっと赤い顔で。
「……確かに、ちょっと気持ちよかったかもしれないにゃ」
 そう、仰ってくださいました。
「スイレンとなら……また、お風呂……入るにゃ」
 私からは、あるいはのぼせた以外で赤くなっていた顔を逸らしつつも。
 ちゃんと聞き取れるようにはっきりと、エノコログサ様はそうおっしゃいました。
 お湯とは違う、暖かいものを胸に感じながら。
 私は改めて、腕の中のエノコログサ様を強く抱きしめて。
「ありがとうございます。でしたらまた、ご奉仕させていただきますね」
 そう、ささやくように返事をしたのでした。



Fin.

  • 最終更新:2017-02-01 20:47:41

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