04頁:セントポーリア様と会議へ


 私ことスイレンは、フラワーガーデンの平和を守るために害虫たちと戦う少女、花騎士(フラワーナイト)の一人。
 本来はバナナオーシャンの王宮に仕えるメイドなのですが、今はある騎士団でお世話になっています。
 そんな私の日常を、『日記』という名目で、気が向いた順でつづってみることにしました。
 これは『騎士』という輝かしい称号を与えられた少女たちが背負うことになる、苛烈で熾烈な物語。
 私たち花騎士の……戦いの、記録です。

 ご主人様からセントポーリア様へ指令が出ました。
 ブロッサムヒルにて定期的に行われている集会に団長代理として参加せよ、という内容です。 
 この集会は団長同士の情報交換を目的として行われており、自身の団長から相当の情報を得ている側近の花騎士であるならば代理として出席することが認められているのです。
 私ことスイレンもそのお供を仰せつかったので、セントポーリア様と2人で身支度を整え、目的地へと出発するのでした。


 そして。
「ふぅ~~……いいお湯ですねぇ~……」
「そうですね、セントポーリア様……」
 今、私とセントポーリア様はベルガモットバレーのどこかにあると言われていた幻の温泉、生命の湯に来ています。
 幻と言われているだけあって周りに人影もなく、目に映るのはただ空の青と生い茂る木々の緑のみ。
 誰の目にも触れない場所で女2人、のんびりと羽根を伸ばしているところです。
 ふにゅふにゅ。
 むにゅー。
 ふにゅふにゅ。
 むにゅにゅー。
「あ、あの~~、スイレンさん? わたしのおっぱいを、羽ばたいてるみたいに引っ張ったり閉じたりするの、やめてもらえませんかぁ~……?」
「おや、これは失礼しました」
 言いながら、私は名残惜しい気分でセントポーリア様の胸から手を離します。
 もう少し、極上の羽毛のような柔らかさを堪能していたかったのですが。
「も~~。どうしてスイレンさんは、わたしとお風呂に入るたびにおっぱいを触ろうとするんですか。メッ、ですよぉ?」
「お許しください、セントポーリア様。それが『自由』というものなのです」
 厳しい表情をしながらもどこか可愛らしい雰囲気で私を叱ろうとするセントポーリア様に、私は堂々と返します。
 するとセントポーリア様は、少しの間だけ思案するようなお顔になってから。
「……なるほどぉ~。それなら仕方ないのかもしれませんね~」
 と、納得したように呟かれました。
 ……私が言うのもなんですが、セントポーリア様、本当にそれで納得してよかったのでしょうか?



「それにしても~。こうやってスイレンさんとお風呂に入っていると、なんだか懐かしい気分になりますね~」
 もはや身体をお湯に溶かしきって一体化してしまったのではないか、とちょっと不安になるくらいリラックスしきった声で、セントポーリア様が語りかけてきます。
「そうですね。ここまで長かったような、あっという間だったような」
 その声に、私はため息にも深呼吸にも聞こえそうな声で相槌を打ちました。
 言葉を返しながら、頭の中に今までの思い出を浮かべていきます。
 そう。
 何を隠そうこのセントポーリア様。
 今私たちが所属している騎士団にとっては設立当初から参戦している、最古参の花騎士なのです。
 今回の指令でセントポーリア様が団長代理として情報交換会に出席するよう言われたのは、そこが大きな理由だったりもしています。
 ちなみに私も、セントポーリア様には劣るもののそこそこ設立して早い段階から仲間に加わった花騎士です。
 そういった事情もあり、セントポーリア様と2人きりになると、なんだか昔に戻ったような、ちょっと懐かしい気分になるのです。
「覚えていますか、スイレンさん~? スイレンさんが、初めてうちの騎士団に来たときのことなんですが~」
 どうやらセントポーリア様も私と同じ気分になるらしく、唐突に昔話を始めます。
「……なんでしょうか?」
 セントポーリア様の話に耳を傾けながら、私は自分が初めてご主人様……この騎士団の団長と対面した日のことを思い返します。



 私ことスイレンがこの騎士団へと初めて来た時。
 そう言われて頭によぎったのは、私からご主人様への最初の挨拶でした。
『ご主人様、とお呼びしてもよろしいでしょうか? 私はどちらかと言いますと、メイドが本職なのです。ですので、その呼び方の方が言い慣れていまして』
 気付けば、私は会ったばかりの『団長』にそんな言葉をぶつけていました。
 ぶつける……そう、ぶつけていたのです。
 今になって思えば、私も内心ではそれだけ不安だったのでしょう。
 そこそこ名の知れ渡った騎士団がぽつぽつと出始めた頃に、私は花騎士としてどこかの騎士団に配属されることになりました。
 その配属先というのが当時はまだ規模も小さく無名だった、この騎士団だったのです。
 よりによって、こんな騎士団に配属されてしまうとは……失礼ながら、私はそんなことを考えていました。
 確かに戦いの中で死ぬことは花騎士にとって本望でしょう。しかしそれは、あくまで『尊い犠牲』と呼ばれる存在になれたならの話です。
 チカラのない組織では『尊い犠牲』になれず、犬死にしただけで終わってしまう。
 この騎士団は、私が信頼するに足る組織なのかが不安だったのです。
 だから私はいきなり、『団長』にあんな言葉を投げかけたのです。
 普通の花騎士たちとはちょっと違うというところを見せて、あるいは『団長』から主導権を奪おうとしていたのかもしれません。
 つまり、それは私なりの強がりだった……改めて思い返してみると、そんな考えが頭に浮かんだりします。
 けっこう失礼な話だと思ったりもするのですが、『団長』はすぐに、「いいよ」と仰ってくださいました。
 今になって考えてみると、『団長』……ご主人様は、私のそんな心情を見抜いていたのではないかと思うのです。
 私のそんな不安に気付いたからこそ、ご主人様は二つ返事で私のワガママを許してくれた。
 そうやって、私の不安を少しでも取り除こうとしてくれたのではないか……と。
 時が過ぎてから、私はそう思えるようになったのでした。



 セントポーリア様が語ってくださった内容も、まさに私が自己紹介をした時のものでした。
 思い返してみれば、セントポーリア様もその時は副団長として同席していたのです。
 セントポーリア様でも、さすがに私の独特な自己紹介には少し面食らったようです。
 ……記憶の限りでは、セントポーリア様はずっと隣でニコニコしていたと思うのですが。
「懐かしいですね。確かにそんなこともありました」
「はい、懐かしいですねぇ~。そういえば~。あの後、団長さんが変なことを仰っていたんですよぉ~?」
「……変なこと、ですか?」
 なんとなく嫌な予感がしたので、私は詳細をセントポーリア様に尋ねます。
「はい、確か……『メイドか……「ご主人様」……うん、ちょっといかがわしい感じだ……良い』と~……」
 ……なるほど。
「えっと……スイレンさん? ちょっとお顔が怖いんですが……なんだか、怒っていませんかぁ~?」
「当たり前です。メイドとは、自由の象徴だというのに。それをいかがわしいだなんて!」
 あとでご主人様にはオシオキが必要なようですね。
 さて、どんなオシオキが相応しいでしょうか……などと一人暗い笑みを浮かべながら考えていると。
 セントポーリア様が、ふわっと正面から私を抱きしめてくれました。
「ケンカはメッ、ですよ~? 確かに団長さんもたまに変なことを言いますけどぉ~。全部、私たちのためを思ってのことみたいですよ?」
 そしてそのまま、諭すようにそう囁いて、私を温かく包み込んでくれます。
「セントポーリア様……」
 言われてみれば、セントポーリア様の仰るとおりかもしれません。
 内容はさておいて、確かにご主人様はいつでも私たちのことを考えてくれている……やはりあの方は、信頼できる方なのでしょう。
 だから、私も。
 今はセントポーリア様の優しさに素直に甘えることにします。
 ぎゅむー、とセントポーリア様に一度抱きつき返してから。
 ふにゅふにゅ。
 くりくり。
「あの~、スイレンさん? だからおっぱいを弄るのはやめてくださいと……ふわぁ、乳首つままないでくださいぃ~?!」
 静かな秘湯の温泉に、セントポーリア様のどこか間延びした悲鳴が響き渡ります。
 そんな感じで2人和やか(?)に、夕日が沈むまでじっくりと温泉を堪能したのでした。



 なお。
 まるで会議からの帰り道であるかのようなのんびり具合ですが。
 実際には会議場へ向かう道の途中で盛大に道を間違えた結果ここにいるため、そもそも会議にはまだ参加できていません。
 ブロッサムヒルに行くはずがベルガモットバレーに居たりするため、目的地に着くのはいつになるやら、なのですが。
 まあ、たまにはこういう日も良いでしょう。
 メイドとは、自由なものなのですから。






――Fin. 

  • 最終更新:2017-07-03 23:45:16

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