05頁:ハナモモ様の恋愛相談

 私ことスイレンは、フラワーガーデンの平和を守るために害虫たちと戦う少女、花騎士(フラワーナイト)の一人。
 本来はバナナオーシャンの王宮に仕えるメイドなのですが、今はある騎士団でお世話になっています。
 そんな私の日常を、『日記』という名目で、気が向いた順でつづってみることにしました。
 これは『騎士』という輝かしい称号を与えられた少女たちが背負うことになる、苛烈で熾烈な物語。
 私たち花騎士の……戦いの、記録です。

 
 暖かい、と好意的な表現をするには少々抵抗がある、夏のある日。
 騎士団寮から一番近い街はそこそこ大きい所で、さまざまな店や設備が揃っています。
 私は散歩がてらにその街で最も気に入っている施設の一つ、図書館へと足を運んできました。
 街自体が比較的国境に近い位置にあるため図書館も比較的大きいほうらしく、蔵書量も他に引けを取らないと聞いたことがあります。
 それだけでなく、本を保護するため魔法によって常に快適な温度と湿度に保たれた室内。
 聴こえてくるのは少しの足音と紙をめくる音のみという、静寂さ。
 時に一息ついたり、またある時には暇を潰せる何かを探せたりと、私にとって居心地のいい場所だったりするのです。
 ちなみに今日の目的は……。
 ずばり、暇つぶしです♪
 何か面白そうな本などないでしょうか……などと模索しながら、適当に図書館内を歩きまわります。
 新刊らしい見覚えのない本なども何冊か飾ってありましたが、それらはあまり私の興味を引くようなものでもなく。
 そのまま適当に歩き回っていると、見覚えのある少女の姿が目に入りました。
 同じ騎士団に所属している花騎士、ハナモモ様です。
 館内に設けられている読書用のテーブルに着いて、本を読んでいました。
 本に夢中になっているようで、ハナモモ様はこちらには気付いていません。
 後ろからちらっと覗いた感じだと、読んでいるのは小説のようでした。
 ちょっと近づいた程度では私に気付かないくらい、ハナモモ様は本に熱中しているようです。
 というわけで。
 私はその様子を、斜め前の席に着いて観察することにしました。
 この位置からなら、本のタイトルも目に入ります。
「なるほど……『花と共に去りぬ』ですか」
 私は思わず、本のタイトルを呟いていました。
 花と共に去りぬ。
 少し古い作品ですが、今もなお強い人気を誇る有名な恋愛小説です。
 とある騎士団長と花騎士の愛と戦いを描いた物語で、実は私も一度、読んだことがあります。
 残りのページ数を見るに、ハナモモ様が読んでいるのはもう終盤のようです。
 ハナモモ様はちょっと泣きそうな顔をしていました。
 しかしその表情から読み取れるのは感動というよりむしろ絶望、といった感じであるような。
 はて。
 ………………。
 …………思い出しました。
 そういえばこの本、確かラストは団長が花騎士を庇って戦死し、花騎士も害虫と刺し違えて永遠の愛を誓いながら団長のあとを追う、という典型的な悲劇なのでした。
 ハナモモ様が今目の当たりにしているのは、ちょうど団長が戦死する辺りなのでしょう。
 愛のなんたるかを求めて、さらに自身が花騎士でもあるハナモモ様にとっては団長が死ぬ、というシーンは少し刺激が強すぎるのかもしれません。
 ……などと考えをめぐらせている間にも、既にハナモモ様がボロ泣き状態でした。
 それでもハナモモ様は、本をめくる手を止めません。
 物語の先に少しでも希望があってほしいと、必死に読み進めているのでしょう。
 瞳にあふれた涙を、たまにスカートで拭いながら……ハナモモ様、それ角度によってはぱんつ丸見えです。白。
 そんなことも気にならないくらい、本に没頭しているようです。
 それほどの集中力が功を成したのか。
 ハナモモ様は目を閉じて天を仰ぎ、静かに本を閉じました。
 どうやら最後まで読みきったようです。
 愛する人との死別。団長を失い、害虫と刺し違えての決着。
 一人の女性としても、一人の花騎士としても受け入れがたい結末を、ハナモモ様がどう捉えたのかは私にはわかりません。
 だから、私は。
「……お疲れ様です、ハナモモ様」
 ハナモモ様がゆっくり息を吐いて、一度目を開けたタイミングで声を掛けました。
「スイレン、さま……?」
 ようやく私の存在に気付いたようで、ハナモモ様は少し驚いた顔をしています。
「『花と共に去りぬ』。いろいろと考えさせられるお話ですよね」
「スイレンさまも、読んだことがあるんですの?」
「ええ。私も読書は好きですから」
 図書館にいる他の方々の邪魔にならないよう少し小声で、私はハナモモ様と会話を続けます。
「こんなの、あんまりですわ……」
 読んだことがあると言った私に、ハナモモ様は率直な感想をぶつけてきました。
「お二人はあんなに、お互いを想い合っていましたのに……もっと、幸せな結末を迎えて欲しかったですわ……!」
 私に倣って声を抑えていたハナモモ様ですが、お話を思い返して興奮してきたのか、だんだん声が大きくなっていきます。
 少し、周りの目が気になってきました。
「……ハナモモ様、一度場所を変えましょうか」
「……はいですの」
 というわけで。
 私はそんなハナモモ様を連れて、そそくさと図書館をあとにするのでした。


 そのままハナモモ様を連れて歩くこと数分。街の中にある河川敷まで移動してきました。
 時刻は既に夕暮れ。通る人もまばらで、ゆっくりと話すのにちょうどいい雰囲気です。
 私は横並びになるようハナモモ様を促しながら、斜面へと腰掛けました。
 横並びに座ると、ハナモモ様の頭が私の肩よりは上くらいの位置に来るのがなんだか微笑ましく感じられます。
「……スイレンさま、お手数をおかけしましたわ」
 歩いている間に少し落ち着いたのか、ハナモモ様は謝罪の言葉を口にしました。
 しかしまだ興奮が収まりきったわけではないのか、私がそれに「これもメイドのたしなみですから」と軽く返すと、ハナモモ様は改めて本題に戻ります。
「でもやっぱり、あのお話はあんまりだと思いますわ。あんなにも仲睦まじかった二人が、あんな風に引き裂かれて終わってしまうなんて……」
 そのまま押し倒されてしまうのでは、と思いたくなる勢いで、ハナモモ様は私に迫って熱弁してきます。
「最後の戦いに行く前は、明日はシチューが食べたい、なんて語り合っていましたのに。悲しすぎですわ……」
 やはりあの物語は刺激が強すぎたのか、ハナモモ様はかなり落ち込んでいるようでした。
「そうですね。確かに最後は、二人とも亡くなってしまわれて。悲しいお話だと思います」
 一人の女性として、一人の花騎士として。
 少しでもフォローしておくべきだと思った私は、なるべく優しい声でハナモモ様に語りかけます。
「本当に、悲しいお話ですの……お二人には、幸せになって欲しかったと思いますのに……」
 しゅんとした様子が、声色からもにじみ出てくる相槌。
「でも。お二人が不幸だと決め付けるのは少々早計なのではないかと、私は思ったりするんです」
「え……?」
 私の突然の言い分に、ハナモモ様は信じられないと言いたげな顔をしました。
 そんなハナモモ様に、私は言葉を続けていきます。
「確かに結末だけ見れば、死に別れたお二人は報われていないようにも見えるのですが。しかし団長様は花騎士をかばって。花騎士は団長様が倒すべきだと見定めた害虫と刺し違えて、その命を散らしています。だから二人とも……自らの愛のために死んでいったと、私にはそう思えるのです」
「自らの、愛の……ため?」
 いまいち理解が追いついていないのか、ハナモモ様は懐疑的な表情を向けてきます。
「はい。団長様は、愛した花騎士を守るためにその命を散らしました。本来ならば、団長が花騎士をかばうなんてとんでもないことです。それでも団長様は、それを躊躇いもしなかった。それだけ彼女のことを愛していたのでしょう。そして花騎士もその命を、自分の愛した団長のために使ったのです。たとえ刺し違えてでも、害虫を倒すという使命を果たすことで」
「………………」
 ハナモモ様は黙って私の言葉に耳を傾けていました。
「だから。私はこう思いたいのです……二人は、幸せだったと。愛を持って生き、そして愛のために死んでいった。他人から見れば不幸でも、お二人にとっては本望であった、と……」
「スイレン、さま……」
 ハナモモ様は少し俯きがちに、涙声で。
「モモおねえさまも以前、仰っていた気がしますの。愛には、いろんな形がある、って……」
 どこか納得したように、そう呟かれます。
 しかしすぐに顔を上げると、目には涙を浮かべながらも――強い意志を感じる瞳で。
 また口を開きました。
「でも、やっぱりあたしは納得いきませんわ! だって……だって……」
 だって……。
 その言葉だけを、しばらく繰り返してから。
 その先は言わないまま、ハナモモ様はまた泣き出してしまいました。
 言葉にしきれない想いが、代わりに涙となって流れていきます。
 そんなハナモモ様を、私は優しく抱きしめました。
「スイレンさま……?」
「それでいいのです、ハナモモ様」
 そして、もう一度。私は出来るだけ優しい声で、ハナモモ様に語りかけていきます。
「モモ様が仰っていたという通り、それもまた一つの愛なのです」
「一つの、愛……?」
「はい。ハナモモ様がこのお話を好きになれないと仰るなら、このお話はハナモモ様にとっては『理想の愛』の形では無かったということです。ハナモモ様はそうやっていろんなものを見て、聴いて、体感して……ハナモモ様の『理想の愛』を見つけていけばいいのです」
 そんな言葉を掛けながら。
 私の頭を巡っていたのは、何かの本に書いてあった『泣いている子を落ち着かせるにはスキンシップが効果的である』という記述でした。
 今のハナモモ様にはきっとそれが必要なはず。
 そう思った私は、ハナモモ様を撫でてあげることにしました。
 まず頭から。
 ふわふわの御髪の手触りが、ちょっと癖になりそうです。
 次に肩。
 服越しでもわかる、少女らしいぷにぷにとした肉付きが心地いいです。
 流れるように背中へ。
 つつーっと指を這わすと、「ひゃっ」と可愛らしい声をあげてくれました。感度もいいようです。
 そのまま手をスカートの中へ滑り込ませて、お尻へ。
 シルク地の下着の手触りと、吸い付くようなもちもちした感触がたまりません。
 そして胸。
 ふにゅふにゅ。
 まだ発育途上ながらも微かに感じられる膨らみ。彼女の従姉を思うと、その将来を期待せずには……
「……って、スイレンさま! 自然な流れでセクハラするの、やめてくださいまし!」
 さすがにやりすぎたのか、ハナモモ様に突き飛ばされて逃げられてしまいました。
 抱きしめる前の、横並びに座っていた状態へと戻ります。
「まったく……油断の隙もありませんわ……」
 ハナモモ様はそう言いながら、両腕で胸を庇うように身体を抱きつつ、ジト目がちに私を睨んできます。
 なにはともあれ、泣き止んでくれて一安心です。
 女の子が泣いている姿など、あまり見たくないものですからね。
 ……とか思っている一方で。
 ハナモモ様は「そういえば、モモおねえさまは愛には色々な形がある、って……」などと呟きつつ、さらにじりじりと私から距離を置き始めました。
 確かにスキンシップが過剰だったとはいえ、そこまで避けられるのはちょっと心外なのですが……。
「ハナモモ様?」
 そんな意図も込めつつ、ハナモモ様の名前をお呼びすると。
 ハナモモ様は俯きがちになり、耳まで顔を真っ赤にしながら。
「……スイレンさまは……その。もしかして、女の子が好きなんですの……?」
 そんなことを訊ねてきました。
「……えっ?」
 その質問は、さすがにちょっと予想外でした。
「その、あたしだけじゃなくって、よく他の花騎士たちも抱きしめているような……?」
 言いながら、ハナモモ様はまだじりじりとお尻だけで後ずさろうとしています。
「違いますよ。確かに私は他の方々によく抱きついたりしてますけど、あれは友好の証なのです」
 笑顔で距離を詰めながら、ハナモモ様に説明します。
「じゃ、じゃあスイレンさまも、普通に殿方がお好きなんですの?」
「もちろんです」
 即答しておきました。変に勘違いされても困りますし。
「……あたし達に身近な殿方、というとやはり団長さまが思い浮かぶのですが……スイレンさまも、団長さまを……?」
 まだ赤い顔のままで、ハナモモ様はどこか遠慮がちに訊ねてきます。
「そうですね。私はご主人様が好きですよ♪」
 笑顔で答えました。
「や、やっぱりそうなんですの?!」
 ハナモモ様、なかなかのオーバーリアクションです。
「はい。色々と気になるところもありますが、信頼できる良い騎士団長です」
「そうじゃありませんわ! その、一人の殿方として……えと……その……」
 恥ずかしくなってきたのか、ハナモモ様はもにょもにょと濁しがちに言葉を紡いでいます。
 そんなハナモモ様に、私は。
「愛しています」
 はっきりと告げました。
「スイレン、さま……」
「私はご主人様を愛しています。ハナモモ様には、いらっしゃいますか? 愛していると言える、殿方が」
「あたしは……どうなのでしょう。団長さまのことは、気にはなっていますが……よくわかりませんの」
 戸惑いながら、ハナモモ様はおずおずとそう答えました。
「……そうですか。今はそれでいいと思いますよ。ご主人様と戦い続けていれば、いずれわかる日が来るかもしれません」
 今、ハナモモ様に言ってあげられることは、多分これだけ。
 辺りを見渡すと、夕日が沈みきるのが目に入りました。
「ではそろそろ、寮に戻りましょうか。辺りもだいぶ暗くなってきたことですし」
 わかったような、わからないような……。
 そんな顔をしているハナモモ様にそう告げながら。
 すっと立ち上がり、そのまま彼女のまだ小さくやわらかい手を取って、彼女を立ち上がらせて。
 そこからは、また二人で今度は目に映ったどうでもいいことを話しつつ、寮へと帰っていくのでした。



 ……これはオンナの勘、というやつですが。
 ハナモモ様が恋のライバルとなる日も、そう遠くなさそうです。



――Fin.

  • 最終更新:2017-09-22 01:16:25

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